2007年03月28日

日本男児

昨日、祖父が亡くなりました。
今回は、この祖父のことを書きます。とは言え、身内のことのうえ、只今団長は酔っ払っているので、残りは追記で。

祖父は83歳の大往生だった。
若い頃は太平洋戦争に参加し、帝国陸軍軍曹まで昇進。敗戦後、奇跡的に日本に帰還できた祖父は、その後JTの前身の専売公社に入社。定年後は悠悠自適に暮らすはずも、祖母が難病のパーキンソン氏病に罹患。全身の筋肉が硬直し、動けなくなるこの病気にかかった祖母を、祖父はほぼ一人で自宅で看病した。それまで料理すらしたことの無かった祖父が、飯を炊き、服を洗濯し、家を掃除した。
そんな状態が10年ほど続き、祖母は他界した。祖父に愛され、最後まで面倒を見てもらいながら。
しかし、その介護の歳月は、確実に祖父の体を蝕んでいた。背中は外からでもはっきり判るほど曲がり、自分独りでは立ち上がることすら出来ず、遂には寝たきりとなって入院した。喘息を患っていたため、痰を吸入する管を喉に入れ、固形物は当然口に出来ず、流動食のみ。だがそんな入院生活中も、祖父は他人のことを気遣い、どんな苦しみにも耐え、そして必ず敬礼をした。
あるとき、自分がたまたまお見舞いに行ったとき、祖父は震える指で50音表を一文字一文字指差した。それは、自分の長年の疑問の答えだった。



『わ・し・は・に・ほ・ん・だ・ん・じ・だ・か・ら』


難病にかかった祖母を、最後まで自宅で面倒見たのも、その間の苦しみを周囲に漏らさなかったのも、入院生活中にどんな苦しみも耐えぬいたのも・・・・・全ては、この信念に拠るものだった。

爺ちゃん、貴方は格好良すぎるよ。ヘタレな自分には到底真似の出来ない、漢の生き様だよ。今ごろ、全身全霊を賭けて愛した祖母と、天国で再会してるかなぁ・・・・・・
これからも、馬鹿な孫を見守っていてください。

posted by 団長 at 23:42| 鹿児島 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本当に立派な生き様です。物心つく前に父方、母方両方の祖父を亡くした自分にとっては、そんなお爺様がいた団長さんの事が羨ましく思えます。きっと今頃は天国で心から愛したお婆様と再会している事でしょう。
お爺様の御冥福を心よりお祈り申し上げます。
Posted by ヤス at 2007年03月29日 19:47
はぁ。かっこよすぎだよ。
自分はすぐに人のせいにしたり、逃げてばっかりだから。俺もそんな風に人を愛したいよ。
そんなかっこいいじいちゃんの孫の団長も間違いなくかっこいいからさ。今までの短い間でしか知らないけど、ガチで言えるもんね。

じいちゃん、あなたのごっつい孫はがんばってますよ。安らかにお眠りください。
Posted by den at 2007年03月30日 01:49
広い心で包み、深い愛で癒し、高い誇りを持って己が人生を制す。尊い御祖父様でしたね… 合掌そして 最敬礼!
Posted by 輝ける闇 at 2007年04月01日 02:57
まずはお祖父様へご冥福をお祈り致します。

……しかしまぁ、カッコイイお祖父ちゃんだ。
んでもって、団長がその血を引いてるんだなぁ
と言うのを納得しました。
大丈夫、団長もお祖父ちゃんみたいにカッコ良く
なれますよ。


ただ、苦しみを自分の中に溜め込むのは……
其処だけは、真似しちゃ駄目ですぜ?
Posted by 男爵 at 2007年04月01日 22:43
軍人として、日本人として偉大な先輩に対し、敬礼を。
「捧げ、銃」
Posted by take at 2007年04月02日 00:01
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